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niioka

PLEK は必要なのか?

2015年頃から話題となっていたPLEKという機械があります。電話ボックスのサイズですが、ギターを入れると自動でフレットを測定して、フレット擦り合わせをたった10分でしかも,1/1000mmという単位で削ってくれるというのです。


NAMMで本体とデモを実際に見た時はすごいなと思いました。その後Ayersギターの品質を向上させるために真剣に導入を検討しました。




しかし,実は以前から一つ気になっていた事がありました。

PLEKは大手ギターメーカーがほぼ導入しているにも関わらず,PLEK導入と主張しているメーカーをほぼ見ないのです。


中国のメーカーでわざわざピックガードにPLEKのシールを貼っているのを見たことがあります。あとMatonも一時期貼っていたかもしれません。


でもマーチンやテイラーも他にもPLEKを導入しているはずなのに,誰もそれを宣伝しないのです。宣伝するほどでもない理由が何かあるという事なのでしょうか?

やはり,確かめてみる必要があります。


東京は赤坂にあります,エキゾティーク・ジャパン様にご協力を頂き,PLEKを実際に私のギターに施工して頂きましたので,その工程と結果をご紹介いたします。



その前に指板とフレット仕上げの予備知識から参りましょう。


指板とフレットの仕上げ方(以降はフレット仕上げと表記)は大きく分けると2種類あります。

ヨーロッパ式とアメリカ式と私は勝手に呼んでいます。


その昔ミュージック・チャイナで知り合ったドイツ人のギター設計者と話をした時に,指板の理想の状態がすでに一致しないので,最後まで話が噛み合わない経験をしました。


ヨーロッパ式とは1Fから20Fまで全体を順反り(UpBow)にする方法です。(厳密には1-19Fで20Fはやや低い)



ヨーロッパ人はクラシックギターから製作技術を受け継いでいる場合が多く、さらにエレキ・ギターのトラスロッドも1-20Fに作用するため,クラシックもエレキもヨーロッパ式で調整される事が多いのです。


でもアコギは1-14Fしかトラスロッドは効きません。15-20Fはボディに乗っているためにすでに反り具合などは調整できません。

それで,アメリカの多くのメーカーが採用している方法が別にあります。




アメリカ式と勝手に呼んでいるその方法ですが、1-14Fをほぼ真っ直ぐにして,15-20Fが僅かに下がっていくフォールアウェイ(Fallaway)を多く採用します。


これらの仕上げで音はどのように変わるでしょうか?


ヨーロッパ式は単音が太く出ます。なので,クラシックにもエレキにも向いている方法だと思います。


アメリカ式はハーモニーの美しさ及びコードがより広がります。アコギのストロークが美しいのは大切ですね。


そして,アメリカ式は1-14Fの弦高をかなり低く設定できます。ヨーロッパ式はある程度の順反り(UpBow)を付けるため,7-9F辺りに少し高さを感じます。


さらに違いはサドルの高さです。12Fを同じ弦高にした場合,アメリカ式の方がサドルを高く設定できます。(UpBowを小さく出来るため)


サドルが高い方が音質のメリットは大きいと思います。サドルが低いため指に感じるテンションはヨーロッパ式が少し低いかもしれません。


フレットすり合わせを実際にしてみると,ヨーロッパ式は12F-16F辺りの処理が結構シビアになります。というのはハイフレットにも順反り(UpBow)のカーブがあるので,サドルに向かって指板が少し高くなるイメージです。


そうすると擦り合わせはよりシビアになります。これもクラシックギターの弦の太さや、歪みがメインのエレキなら大きな問題ではないと思われるのですが,アコギで綺麗に鳴らしたいとなるとヨーロッパ式で調整するにはかなりシビアになります。


それで,PLEKを開発して機械に自動でやらせようという発想は理解できます。1/1000mm の単位で削れるなら良い話です。


私が指板とフレットを研究した結論は,ヨーロッパ式でもアメリカ式でも,どちらの方法でもしっかり調整されれば,良い音になるという事です。


ヨーロッパ式の指板。14-15Fに定規との間で隙間があればヨーロッパ式に調整するのが良いかもしれません。


ただ,アコギに限るとアメリカ式のフォールアウェイの方が良い音に感じるのです。もちろんエレキメーカーでもフォールアウェイを採用するメーカーもあります。



全てのギターかどうかわかりませんが,近年のKヤイリはフォールアウェイを採用しています。


このようなわけで私はアメリカ式が好きなのです。


それで,私のAyersルシアーシリーズプロトタイプ・ギターは前述のアメリカ式に指板もフレットも調整されていて音は全く問題ない状態ですが、実験のためにPLEKをかけて調整してもらうという,まさにギター実験室の企画です。


まずは東京赤坂のエキゾティーク・ジャパンへ行ってギターを見て頂きました。

渡辺店長お時間を取っていただきありがとうございました。


まずは弦をスタンダードにチューニングした状態で現状の指板のカーブとフレットの高さを測定します。


PLEKのスゴイ所は弦を張ったまま現状を正確に知る事が出来る点です。後に弦を外してネックのカーブが変わってもこの最初の測定値から計算した量だけフレットを削るので、弦を張ったまま仕上げている方法とほぼ一緒なのです。これは良いと思います。


緑色がPLEKが考える理想のラインで,オレンジ色が現在の私のギターのライン。

下側のグレーが指板で,14F以降指板もフレットも下がっているのがわかります。

つまり,ギターはアメリカ式で作られているので,14-20FをPLEKで削るのは正しくないと思います。 やるとしても1-13Fまでですね。


各弦ごとの反り具合と弦高理想ラインを見れるのは凄すぎます。

1000万円するらしいです。


6弦のラインですが,私が仕上げたラインとPLEKの理想のラインはほぼ同じ。

違いは14F以降のフォールアウェイの部分だけですね。


私がフレットを仕上げたギターを測定してもらうと1-14Fまではほぼ問題なく,1つのフレットが僅かに高いという測定結果でした。

店長はこのレベルの仕上がりならすでにフレット擦り合わせをする必要はないですね。と言われて嬉しいのですが,目的はPLEKを体験する事にあるので,あえてやってもらったのです。


でもフレットの理想的なラインが目で見れるのはPLEKの良い点ですね。測定機として素晴らしいです。


ここまで作業して来るとわかる事があります。


問題点1 意外にPLEKの測定には時間がかかるのです。


弦を張った状態で,センサーが6弦の1-20Fまでを計測し,それを1弦まで6回走るので10分くらいかかります。

現状測定に10分,ここからさらに弦高を2.6mmか2.3mmか目標の弦高値に応じて,トラスロッドでUpBowを変える必要があるため,取り出していじり,また計測となるのです。


そうすると弦高値を3パターンくらい出して,フレットの削り量を最小にしようと思うと計測だけであっという間に1時間くらいかかってしまうのです。


これは意外な問題点でした。


しかーし!ここでもっと重要な問題が発覚します。


問題点2  なんとPLEKはヨーロッパ式にしか対応しないのです。


((((;゚Д゚)))))))


アメリカ式フォールアウェイだとネックのUpBow(順反り)も0.1mm以下などかなりネックを真っ直ぐにする事ができます。でも,PLEKの理想のラインはUpBowがすでに0.2mm+位あるのです。


そうすると12Fの弦高を2.5mmに設定すると恐らく7-9F辺りが少し高く感じる可能性があります。


問題点3 アメリカ式フォールアウェイで指板が削られている場合に,PLEKをかけるとフレットを多く削ってしまいます。


これは指板のカーブとフレットのカーブが異なるので,12-17F辺りのフレットが必要以上に削られてしまいます。これは残念ですし,本来のギターの設計とフレット仕上げが一致しない事になります。


すでに私のギターの指板はフォールアウェイで削られているので,店長と話し合いPLEKをかける場合は1-12Fまでとかなら有効だという結論に至りました。


ではそれでお願いし,1週間後に完成したと連絡を頂きました。(PLEKはその場ですぐに調整が完成すると思っていたら,そうではなく,やはり時間をかけて調整する作業の一部をPLEK が担当するというイメージです。)


それを受け取り実際に弾いてみると・・・


ジャラーン♪


ジーン。(バズり)


以前なかったバズが発生しています。フレットを定規を当てて正確に見てみますと,PLEKが12Fまでではなくて,もっと先まで16Fまで入っている事がわかりました。


当初12Fまでかけるという事でしたが,出来る限りPLEKを使ってくれたらしいのです。でも実際には前述のように指板がアメリカ式なので,フレットだけヨーロッパ式ではフレットがただ低く削られるだけになってしまいます。そして,バズが発生します。


フォールアウェイの指板にPLEKをかけるとどうなるかを体験してしまったのです。


普通のお客様は作業代金20000円でバズが増えたら,きっと怒ると思いますが,私はこれこそが知りたかった点なので問題ありません。


フォールアウェイ(アメリカ式)の指板にPLEKのヨーロッパ式で仕上げると,中途半端にフレットが仕上がり,17か18Fが一番高くなりフレットバズが発生してしまいます。

鳴りも少し抑えられてしまいます。

一般ユーザーがこれを経験したらきっと怒るでしょうね。フレットすり合わせに20000円を支払い,バズは増えて,音量が下がる。


弾きやすさも以前よりイマイチな感じです。(7-9F辺りが高いため)


つまり,PLEKは現時点では万能ではないのです。


エレキやクラシックギターでは良いかもしれませんが,アコギに使う場合は指板がヨーロッパ式で作られているかを最初にチェックする必要があります。


弦を張ってノッチスケールで指板をみて,14-15F辺りに隙間があればヨーロッパ式で仕上げる方が良いと思われます。

もしも14Fがスケールと接触し,15Fから下がっているならアメリカ式で仕上げる方が良いと思われます。



新品のマーチンのアメリカ式フォールアウェイをご覧ください PLEKはすでに日本中に10台はあるといいます。

もしも,PLEKのあるどこかの工房へ自分のギターを依頼したとします。


必ず,サドルも一緒に調整されるはずです。でも私はサドルの削りが完璧な職人をほぼみた事がありません。


なので,自分で直角が出るように削り直すしかないのです。

なぜなら,サドル下にスーパーナチュラル・ピックアップが入っているので,この底面の接触とラインの音量音質のバランスには大きな関係があるのです。


PLEKはフレットとナットの溝切りつまりゼロフレットの高さまでは出してくれます。

しかし,サドルの調整は職人に委ねられます。そのため,私のようにサドルの調整を重視するタイプは最後に自分で仕上げる事になります。


もしアメリカのギターメーカーがフォールアウェイで指板を仕上げている場合,PLEKは12か13Fまでしか使わないと思います。

14F以降は手仕上げに成らざるを得ないのだと思います。

それで,PLEK採用と大きく書かないのではないか?と予想します。


なので,私が思う理想の仕上げをするには,1 職人がまずアメリカ式とヨーロッパ式を理解していて,2どちらも仕上げられる技術がある。となります。


近年の私のオタク研究の中で最もすごいと思える工具があります。

それは,弦を張ったまま擦り合わせができるこのStewMacの工具です。


これはまさに新時代のスタンダードだと思います。今やこの工具なしにどうやってギターの音を整えるかわかりません。


400番とか600番の紙やすりを貼るのですが,好きな長さにできます。

なので,フレット1本とか2本のみを弦を張った状態で削れるのです。


これによって全フレットの凸凹なしを実現出来るのです。

しかもこの工具が高くない。


もう一つ言うと,自分で一部のフレットの凸凹を取るために,600番の紙やすりを貼ってフレットを削る量はおそらく,3/100mm 位だと思います。


つまり,フレットの作業で本当に 1/1000mmという単位での作業は必要かどうかなのです。

宣伝文句としては引きつけます。1/1000mmは人間が出来ないので。


でも実際に指板は木材で湿度でネックの反りが動けばフレットの高さも一部影響されるようなものですから,それを1/1000mm単位で調整する事はないと思います。


1/100mmも難しい。1/50mm位の作業で十分なのかもと思います。

そのレベルでの作業は音に確実に現れます。

試しに皆様も自分のギターの15-20Fの凸凹を全部なくしてみたら音が変わって驚きますよ。


ちなみに当方ではAyersギターの微調整のためにやっており,修理工房ではないので,修理のお問い合わせはご遠慮くださいませ。


逆にこれを見て,自分でもこの方法を採用してみたいというリペアマンの方がおられたら,ぜひ当社のこのフレット処理方法を教えても良いと思っています。私のギターの仕上げを手伝って頂ければ喜んでこのフレット仕上げを教えますので。


結論 PLEKはアコギの場合には絶対必要なものではない。


PLEKがアメリカ式フォールアウェイに対応する日を心待ちにしております。














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2 opmerkingen


misama
15 feb. 2023

この記事は明確に間違っています。おそらく、私からのメールを読んでいないと思いますので、こちらにコメントしました。PLEKはフレットとネックの状態を「測定」し、フレットを「削る」だけの機械ですので、物理学的にアメリカ式だろうと、ヨーロッパ式だろうと「PLEKを使ったことで」ビビリを発生することはあり得ません。削ることでフレットが低くなることはあっても、フレットが高くなることはあり得ないからです。ビビリが発生したのは、新岡さんの言う「ヨーロッパ式のギターとアメリカ式のギターの違い」とはほんとは何なのか、を理解していないため、PLEKの使い方を間違っていたからです。

元々この記事を読んでいてかなり疑問だったのですが、PLEKを使ってギターメンテナンスを行ってる業者さんとメールをやりとりして、私の考え方が間違っていないことが分かりました。新岡さんの倍音研究にも役に立つはずです。出来ればメールを読んでいただければ幸いです。


このコメントは消してください。

上富良野町立病院 外科・救急科医長 副院長

兼古 稔

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mikiyan.ogawa
12 jul. 2021

新岡先生、スゴいです!Facebookの広告でPLEKを知ってからPLEKにすごく興味があったのですがこういうことだったのですね!

先生の実験室の大ファンでこれまでも「なるほど~!」というものばかりでしたが、今回の記事を読ませていただいて初めてPLEKのことが少しわかりました。先生の説明がオタク過ぎて理解できない部分も多かったのですが(笑)

なかなか田舎に住んでいる素人が簡単に依頼できるものではないですが、勉強になりました。ありがとうございます!

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